うんちマンは世界をハッピーにする!株式会社ダイスクリエイティブ代表取締役の小関昭彦さん





「うんちで世界をハッピーに」
有名企業のゲーム制作を手がけた経営者であると同時に「うんちマン」として生活。
うんちでみんなを笑顔にする小関昭彦さん、登場!
うんちマン
Dice Creative Inc.

「労働するヤツらは才能がないんだ!」という考えから友人と起業することに

──まず、現在の活動について教えてください

小関 うんちマンとして100人フラッシュモブやワークショップを開催しています。

うんちマンのフラッシュモブに参加する人たち

──うんちの姿はとても目立ちますよね!私も目に入ってきたとき、思わず声をかけてしまいました

小関 ありがとうございます。近所に住んでる子供たちも楽しそうに声をかけてくれるんですよ。実は、もともと自社で制作しているゲームのPR活動としてこの格好をはじめたんです。

──小関さんは長年、ゲーム制作の会社で経営者をつづけてきたんですよね。簡単に経歴を教えてください

小関 美大に通っていて、大学院まで行きました。でも、進学した理由は「働きたくない」という思いからでした。今でこそ思い上がっていたなとわかるのですが、当時は「会社で働いているヤツらは才能がないんだ!才能がないから労働するしかないんだ」と考えていました。そこで、大学院を出てからはアーティストとして自分の作品を売っていました。

──うんちマンの温厚さからは考えられない尖った考えかたですね

小関 アーティストとして生計をたてていたけど「この程度じゃダメだ。もっと大きなことがしたい」と思って、いろいろなところにうろついていました。デザイン会社で働いたり、「天才集団を作るから仲間に入れ」と友人から誘われたりもしました。だけど、僕の根底には「こいつらは才能がないからわかってない」という考え方があったから長続きしなかったんです。

──行き詰まりみたいなものでしょうか。「自分には才能がある」という思いが強すぎて空回りしてしまったんですね

小関 結局、天才集団を1年くらいで抜けることになるのですが、そこで出会った1人と協力してゲームを作ることになっていきます。僕と彼は天才集団を同じタイミングで飛び出すことになるのですが、行く当てもありませんでした。僕の方が年上だったこともあって、彼の相談にのっていると「ゲームを作りたい」と言ってきたんですね。彼はもともと宮崎駿さんのところでアニメーターをしていたスーパーオタクな天才的人間だったので、一緒に会社をすることにしました。

──小関さんはもともとゲームに詳しかったんですか?

小関 いえ、まったく興味がありませんでした。そこで、テレビゲームとはどんなものだろうかとやってみたら、ものすごくハマってしまって……!「ボンバーマン」というタイトルでしたが、気づけば夜通し遊んで明け方にはクリアしていました。「これはものすごくハマるな!」とゲームの可能性を感じた瞬間でした。

天才と言われた任天堂・岩田聡さんとのゲーム開発

──2人で出発した会社が、大きな成功につながるんですね

小関 それが、会社立ち上げ当初にバックアップしてくれる予定だった企業が経営危機になってしまい、資金繰りに苦労しました。それがハル研究所というゲーム制作会社でした。社長がわざわざあいさつに来てくれたんですね。「援助すると言ったのに、うちの会社がこんなことになってしまい本当に申し訳ない。御社には資金を先にまわします」と言ってくれたんです。当時のハル研究所は和議法(現在の民事再生法)が適用されるほどの企業規模だったのですが、わざわざ社長自らあいさつに来てくれたことに感動しました。そのあいさつに来た方が後に任天堂の社長となる岩田聡さんだったんです。

───天才プログラマとして知られる一方で、「ニンテンドーDS」「ニンテンドーWii」など任天堂ならではのゲームマシンを世に出したことで世界的に知られていますよね

小関 岩田さんは、元々ハル研究所という会社のアルバイトからゲーム業界に入った方で、その後ご自身が開発部長の時に会社が倒産し、本当に大変なときに真摯かつ前向きにウチのような小さな会社にまでお詫びに来られるような姿勢や再建中に何本ものヒットゲームを出すなどの実績が高く評価され任天堂の社長に指名されたという声もあるほどの方です。当時の僕は経営者としてわからないことだらけでしたが、あのとき岩田さんの姿勢に学ぶことはたくさんありました。その後、ハル研究所の経営をみごと計画通りに再建されました。

うんちマンの写真

──『糸井重里のバス釣りNo.1』など小関さんの名前が共同制作者として岩田さんと並んで紹介されていますよね。当時は任天堂とだけ取引していたのでしょうか

小関 おかげさまで経営はうまくいっていました。ですが、「この仕事に専念してください」と言われると他のことがやりたくなっちゃうんですよね。そんなときに「これからの時代はiモードだ」という話を耳にしたんです。当時のiモードで遊べるゲームはまだひどいものでボタンを押してから10秒後にようやく反応する程度だったし、画面もモノクロでした。だけど、これなら既存のゲームの発想にとらわれず、低予算で自由につくれるなと思って社員へ呼びかけてみたんです。

──テレビゲームと比べると当時の携帯電話のゲームは迫力がだいぶ落ちてしまいますよね。社員のみなさんはどんな反応だったんでしょう

小関 「こんなしょぼい携帯電話のゲームなんて勘弁してくださいよ。やれませんよ」でしたね。

──経営者は小関さんだったんですよね?

小関 もちろんそうです。でも、作っているのは彼らですから。どうしようかと思っているときにパーティーで知り合った角川歴彦さん(株式会社KADOKAWA取締役会長)が基金をつくり、出資先を探しているという話を耳にします。さっそく応募して、出資してくれることに決まりました。

──角川歴彦さんと知り合っていたこともすごいですが、出資してもらえるほど評価してもらえたんですね……!

小関 なぜか、昔からよい出会いに恵まれているんです。その出資をキッカケにモバイル事業部をつくり、既存のテレビゲーム制作と分けて事業を進めることになります。

その後、僕はモバイル事業部に集中していたのですが、そこでトラブルがおこってしまいました。テレビゲーム制作の事業部がある有名企業から3部作の超大作ゲームの依頼を受けていたのですが、ふたをあけてみたら制作がまったく追いついていなかったんです。当時、会社としては1億円くらいの余剰があったけれど、2部を作り終わったところで、お金をほとんど使いきってしまい……。3部作が完成するころにはまったくなくなりました。

──資金がショートしてしまうほどの危機だったんですね。

小関 とても大変なときでした。ですが、岩田さんがハル研究所を再建していく姿をかたわらで見ていたことが助けになりました。取引先へあいさつにまわり「現状は厳しくなっていますが、がんばりますから」と説明。及ばずながらも信頼を失わないようにしていきました。振り返ってみるとモバイル事業で運良く継続的に利益が出ていたのが救いでした。社内外のみなさんのおかげで再建へとつながっていきます。

みんなをハッピーにしたいからうんちマンになった

──会社再建後、うんちマンとしての活動をはじめたんですか?

小関 もともと、うんちをテーマにしたゲームを制作していました。そのゲームを有名にしていこうと社内へ呼びかけたものの、反応がイマイチよくなかったんですね。そこで僕だけうんちマンの姿で海外のゲームショーに参加したりしていました。

──もともとは自社ゲームのPR活動の一環だったんですね。今は広報活動の一環と言う印象はあまりない気がしますが……

小関 うんちマンの姿をして海外のゲームショーに出ていると、国柄に関係なくたくさんの人が笑顔になるのがわかったんですね。もちろんゲームのリリースはしているのですが、それ以上に、みんなに喜んでもらう活動をしたいと思ってつづけています。

──会社を成長させてきた小関さんが経済的成長だけではなく、周りの人をハッピーにしようと思ったキッカケは何かあるのでしょうか

小関 昔から「俺が絶対に正しい。周りのヤツらがわかってない」という思いを強くもっていました。会社を再建していく活動をしているなかでも「こいつら全然わかってねぇな」と社員に対して思うこともたくさんありました。

大型プロジェクトにも関わらず予算の管理をしていない重役にも疑問を感じていたり、でも、よく考えてみると社員を信頼できず、子離れできていなかったのは自分だった。、経営が厳しくなっても危機感をもたない社員を育てている自分の態度に疑問をもったんです。資金がショートしてしまう状態になるまでに、社員たちは小さなシグナルを出していたはずだけど、僕が気づいていませんでした。「本当にわかっていなかったのは俺だったんだ」と思うようになっていきました。

──今は経営者として活動をしながら、うんちマンとしての活動をつづけているんでしょうか

小関 現在、会社の経営は子会社を2社作って、既存事業は部下に完全に任せていて、たまにアドバイスをしたりする程度まで育ってきました。試行錯誤や並があるのは当然で、仮に悪い状況になっても、相手を信じて任せれば、自分ごとになり、自然と自力も増してくるものなのだということがわかりました。会社を任せられる体制のおかげでうんちマンに専念できているので、本当にありがたいです。

──これからの目標はありますか

小関 うんちマン・うんちウーマンを増やして、幸せな人を増やしていくことです。2015年からハロウィンでフラッシュモブ(町中でのダンス・演奏などのパフォーマンス)を開催しています。最初は5人からはじめたのですが、昨年は100人目指して50人集まり、今年は「ダイバーシティな幸せのハロウィン1000人フラッシュモブ!」と1000人を目指しています!
参加したメンバーは「生まれてこのかた、こんなにモテたことはない」と言っていたりして、この格好、意外とモテるんですよ!また「うんちマンのパワーはすごい!!楽しんでいるうちに、どんどんしあわせな気持ちになっていた私」というようなコメントもいただいたりもしています!

うんちマンのフラッシュモブの様子

──私も見た瞬間に「うんちだ〜!」と思わず興奮してしまいました。CMのオファーとかも来てるんじゃないですか?

小関 テレビCMはありませんが、フジテレビの「みんなのニュース」に取り上げられたり、一日密着取材をされて世界各国のYahoo!に動画で紹介されたり、うんちマンがルポ漫画として単行本になったり、日本うんこ学会というお医者さんがやっている団体に呼ばれてニコニコ超会議に参加したこともあります!

うんちマンが話している様子

周りからの理解があれば、世の中なんでもアリだよ

──ここからは小関さんの価値観やこだわりについて聞かせてください。苦しかったなと思うことはありますか

小関 うんちマンの格好をしていると「怪訝な目でみられたりしないですか?」「オヤジ狩りとか、絡まれたりしないですか?」と聞かれることが多いです。でも、今までに一度だけ精神に異常を来しているとしか思えない方から恫喝されたくらいなんですよ。きっと縁起がよい見た目なんでしょうね。世の中自分から開いていけば、開いてくれる人も多いと僕は感じています。

──嫌なことを言われたりすることもありませんか?

小関 家の前に駒沢公園があるんですけど、僕が歩くと子どもたちが群がってくるんですね。僕自身が子どもっぽい人間なので、子どもが好きです。子どもたちから「なんでそんな格好してるのー?」と聞かれるんですけど「なんでだと思う?」と聞き返すようにしています。子どもの柔軟な発想で返ってくる答えはとてもおもしろいですね!今までで印象に残ってる答えは「子どもたちを喜ばせるため!」です。

逆に、小学生くらいの女の子たちに「あの人、あんなことまでして有名になろうとしているよ」と言われてなかなか辛辣な気持ちになりましたね……。

──仕事の打ち合わせとかもうんちマンの姿で行くんでしょうか

小関 そうです。相手に確認をとって、ダメと言われないかぎりはうんちマンの姿で参加します。この姿でいるおかげで、謙虚になることができました。レストランに入るときも「この格好なんですけど、大丈夫ですか?」と確認するようになりましたから。

──先ほどの話だと、自己確信が強すぎて周りを否定してしまうということがあったということですから、とても大きな変化ですね。

小関 この格好で得することは結構あるんですよ。よく「ぶれない生き方が大切だ」と言われると思うんですけど、この格好ですから、まったくぶれませんね。あと、元気でいられるということもあります。インフルエンザで1週間くらい寝込んでしまったことがあり、そのあとに、うんちマンになることがやや億劫に感じてしまいました。でも、いざこの姿になると元気が出てくるんですよね。不思議ですけど、うんちマンでいることで元気にしてもらっているんだなと感じます。

街中で友達に見つけてもらいやすかったりもしますね。

──ご家族はどのような反応ですか?

小関 嫁は僕の活動に反対はせず、本当に毎日朝起きると感謝していますね。母もうんちマンの帽子を作ってくれていて、「またその格好して出かけるの!?」とは言うけれど違和感はありません。

──これからの意気込みについて聞かせてください

小関 今日まで「波瀾万丈どんとこい」というつもりでやってきました。今は屋上の緑化活動を通してうんちガーデンを作ろうとしています。2017年には1000人でフラッシュモブを開催するつもりです!

今年のテーマはダイバーシティです!

なぜダイバーシティなのかというとそれは、高野元さんというALS患者の友人から、本当は「ハロウィン100人フラッシュモブ!」に参加したかった!という想いを受け取ったことからはじまり、重光喬之さんという脳脊髄液減少症の患者であり活動家の友人も参加表明をしてくれていたけれど、体調絶不調のために参加を辞退されたり、他にもうつ病の友達も体調不良で直前で辞退したりということがあったからです。

こどもや老若男女はもちろんのこと、ALS( 筋萎縮性側索硬化症)、難病希少疾患、うつ病の患者さん、養護施設の少年達や外国人etc.が参加予定です!
うんちマン・うんちウーマンになって、自分のまわりに張り巡らしている、常識や限界からフリーになって別次元のハッピー体験ができることを目指しています!

ダイバーシティな個性あふれる参加者が、この日はインクルージョンとして一体となり、私たちは元々みんな繋がっていたんだ!ということを無意識のうちに実感できるイベントにしたいです。
その上、現在は「コミュニケーションを良好にして人を幸せにするAI」というものを計画中です!

これからも世界中をハッピーにする活動をつづけていきます。

──素敵な話がたくさん聞けました。ありがとうございました