スノーボードやサーフィンで多方面で才能を発揮する高橋信吾さん

高橋信吾さん
DJであり、アーティストであり、サーファーであり、スノーポーダーであり、自由人な彼の才能は無限大。
死と隣り合わせの経験を超えてアートとして昇華するマルチタレント。
高橋信吾さん、登場!
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右に行ったらDeath、左はParadise

──まず、自己紹介をおねがいします。

高橋 高橋信吾です。

──サーファー?DJ?自由人?どう表現したらいいか迷ってしまいますね。なにをしている方と表現したらいいでしょう

高橋 一番むずかしい質問ですね。アーティスト、サーファー、DJ、スノーボーダー、人によって違う肩書きを認識していると思います。

──フリープロダクションのマルチタレントといえばいいでしょうか。多方面に才能を発揮していて、生き方そのものがアートのように感じます。責任をもって自由に生きていることが伝わってきます。今のお店をひらいたキッカケについて聞かせてください

高橋 ART FCT(アートファクト)はアトリエというか、工房ですね。サーフボードを自分たちでつくって、販売しています。

──基本的にはBtoCですか?

高橋 そうですね、お客さんから注文をもらってオーダーメイドで制作しているので。卸業もしています。ウェットスーツにアートをのせて納品しています。自分の価値を理解してくれたお客様と商売させてもらっています。

高橋信吾さん

──小売店もお客さんも位置づけはあまり変わらない。すばらしい、新しいビジネスですね。卸すために上代をあげて一般のお客さんは値段が高くて買えないということよりも、ダイレクトに商売をする。その結果、流通しやすくなり、商品を知ってもらいやすくなるんでしょうね。

高橋 使用中のウェットスーツにアートを入れて渡すと聞くと、商品が売れるわけではないので小売店さんは「ん?」と様子をうかがいます。ですが、「次に買うウェットスーツは白地にするから、黒色でペイントをしてもらいたい」とアートを楽しむようになって、毎年買い換えるお客さんも出てきます。つまり、アートを通して購買意欲が高くなるということですね。さらに、情報感度が高い人たちがショップに集まってくるんですよ。

──オピニオンリーダーが信吾さんの作品を求めているんでしょうね。オリジナリティがほしい、と。これまで大量生産が主流とされてきたので、オーダーメイドのようなアプローチは時代に合ったビジネスにも感じます。話をサーフィンに戻しますが、はじめたキッカケは何かあったのでしょうか

高橋 『Fine』というサーファーファッションの雑誌を高校生の頃に読んで、勝又正彦くんから影響を受けました。「こんなカッコイイ人がいるんだ!!」と思ってサーフィンをはじめたんですよ。勝又くんは8歳先輩で、今でこそART FCTで一緒に仕事をしていますが、本当に「やりたいです!」ということをやれています。ここが僕にとって一番原点のところです。

──信吾さんが勝又さんをリスペクトしてることが伝わってきます。お二人の再会は必然だったのでしょうね。サーフィンをはじめて、変わったことはありましたか

高橋 ありますね。今までチャラっとしていたので……(笑)たくさんあるうちの一つがサーフィンでしたね。でも、自然から沢山のメッセージをもらいました。もう絶対的な力ですよね。

──絶対的な自然の力。これは大きいですよね。かなわないというか……

高橋 自然のレベルで攻めていると、必ず「あぶなかった……」とやられるじゃないですか。「普通の人ならダメだったかもしれないけど、今までの経験があるから平気だった」という先輩もいて、まだまだすごい人がいるんだなと。それの繰り返しですね。

勝又正彦さん(左)と高橋信吾さん(右)
勝又正彦さん(左)と高橋信吾さん(右)

──いい背中を見せてくれる先輩がいたんですね。スノーボードについてはどうでしょう?

高橋 サーフィンは高校生の頃からやっていましたが、高校を卒業する頃にスノーボードをセットでそろえました。はじめた理由は「サーフィンがむずかしい」と感じたからでした。もともとスキーはやってたので、スノーボードと出会って「あ、これは俺のスポーツじゃないかな」と思って。そのタイミングでアメリカに行くことになって、はじめて3年後にはプロとして活動することになります。

──3年間でプロですか!やはり、才能がありますね

高橋 1年目はアメリカでスノーボードをして「アメリカでは食っていけない」と思い、2年目・3年目はカナダのウィスラーでワーキングホリデー。帰国してから大会にでて、プロになりました。誰よりもすべっていましたね。

──「才能がある」といわれる人は「才能」で片付けられてしまいがちです。信吾さんも表に見せていないだけで、ものすごい努力をされているんでしょうね

高橋 スノーボーダーを集めて、スノーボードの上に乗ってすべった距離、人生でどれだけすべったか合計して比べたら俺の距離はヤバいんだと思っています。

──「死に直面した」という経験はありますか

高橋 スノーボードをしているとありますね。「右に行ったら数メートル先は崖。つまり”Death”だ。でも、左に行けばParadaiseだ」というところもすべりました。周りはすべりはじめた直後に左へ行きます。でも、俺はギリギリのラインまで攻めてから、左に曲がるんです。そのときに体験する誰もすべっていない雪は最高です。「ここには人間が来たことないんだな」と思う場所をすべったこともあります。

──リスクを抱えながら未開の地へ足を踏み入れると、人生感がかわるでしょうね!そんな体験をすると「もっと新しいところをすべりたい」と思いそうですが……

高橋 未開の地を追い求めることもひとつです。そういう人たちもたくさん見てきました。でも俺は、あるタイミングから子育てや社会の一人としての責任をもつことも選びました。家庭という必ず戻る場所があるからこそ、チャレンジできたこともあったんだなと今ふりかえると思います。

──選択を間違えたら崖から落ちるような経験もあったわけですよね。危機的状況を乗り越えたとき、どんなことを考えていましたか

高橋 「高いところから落ちるとき、死ぬより先に意識が飛んでしまう」と聞いていたので、冷静でいるようにしていました。息をしないほどです。「すごかった」ということは覚えていますが、それ以外の細かいことは忘れていますね。

高橋信吾さん

アートの根源は死を乗り越えた経験から

──サーフィン・スノーボードをする一方でアーティストの活動もしていますよね。アートはどこからおりてきますか

高橋 今までやってきた経験の発露としてアートがあります。技法はすべて独学です。アートと今まで経験してきたことが同じだと、あるとき気づいたんですね。たとえば、スノーボードでは雪山の高いところでヘリで向かい、仲間たちと大自然のなかをすべります。まわりには鳥がわずかにいる程度。静まりかえったなかで遊ぶ俺たちは高尚な動物だと思うんですね。自分の名前も忘れて、崖から落ちないように道は冷静に選びながらすべりきる。降りてきた完璧なラインを見つめながら、仲間たちと興奮しながら「アーーー!」とか「オーーー!」と叫び合って。

あの体験があったから自分を律することができます。アートも自分を律することで生み出されるものだと思っています。

──DJとしての活動はどんなことを表現したいのでしょう

高橋 DJも同じように会場が同調している感覚をつくりあげるために曲を流しています。だから、流行しているという理由で曲を選んだりはしません。それが理由ではじかれた時期もあって「トップになるなら流行も取り入れなくてはいけない」といわれたこともあります。それからは10年くらい自由にやっていますが、今でもパーティーに来てくれるDJ仲間はいますね。

──自由度がある反面、売れる方向を追いかけるべきではと葛藤することもあるのでは?

高橋 毎回ありますね。とくにスノーボードをつくるときは取引先から売りたい個数を具体的に提示されることもありました。自分としては仕上がりに納得できないものでも売れて「いいものつくったね」と言われて疑問をもったこともあります。でも、いつからか、迷ったときは自分が貫く方を選ぶようになりました。デジタルばかりのなかで、形あるものを残していきたいですね。

高橋信吾さん

──時流に乗って商売をしている方もいますよね。そういう人についてはどう思いますか

高橋 自分がやってきた方向を変えることはできません。だから、もっと自分が選んだ道を進めていきたいですね。人に文句をつける暇があるなら、自分の方向をどんどん進めたいと思います。

──最終的に目指すところはどこでしょう

高橋 折り返し地点を通り越して、体が思ったように動くギリギリにむかっているところです。そこを超えたあと、自分の生き様を書き残したいですね。「高橋信吾のメッセージを読みたい」と言ってくれる人もいるので。

迷ったとき、自分でやりたいことを信じて選択してほしい

──ご両親はどんな人だったのでしょう

高橋 両親は健在ですが、離婚しています。ずっと母のもとで暮らしてきました。父はプロのスキーヤーで、一時期は父のところに住みながらスノーボードをやっていました。最終的に、意見が食い違って今ではほとんど話していませんね。たまに知り合いを通じて「遊びに来いと言ってた」と聞きますが……。

母からは今でも山や海へ行くことに対して厳しい意見を言われますね。

──ご家族からの理解を得ながら自由に活動していることがすごいなと思います。秘けつはありますか

高橋 家に帰ったらまず洗濯をしたり、文句を聞いたりするのは当然のようにしています。

──お子さんとはどのように接していますか

高橋 怒らないですね。まったく。

──お子さんが大人になったとき、どんなことを伝えたいですか

高橋 ……そうですね。細かいことを言うと、未来はわからないこともあります。ですが、どうしようと迷ったとき、自分でやりたいと思ったことを信じて選択してほしいですね。

高橋信吾さん

──お子さんが大人になる頃、どんな社会を望みますか

高橋 ピースとラブの基準が全員、同じくらいにもてている時代になったらいいなと思います。人それぞれ社会の役割は異なります。政治家であっても、一般人であっても、同じようにピースとラブがもてたら、平和になると思うんです。

──自分の役割を自覚して表現できている人は自由であり、責任が重いですよね。私も時流にまどわされず、平和な未来を望んでいます。今日は刺激のある、すてきなお話をありがとうございました。