南房総で自然・地域と共生する手作りの生活 元沢信昭さん

東京での生活から、南房総でDIY生活へ。
子どもたちと一緒に、自然を感じて毎日を暮らす。
元沢信昭さん、登場!
ボタリズム コーヒーロースター

東京のビジネスマンから南房総での穏やかな生活へ転身

──まずは自己紹介をお願いします

元沢 千葉県の南房総市に移住してきた元沢信昭と申します。4年前の2014年から東京と南房総を往復する生活をしていて、2017年の8月から完全に移住しました。出身は千葉県ですが、小学校で3校、中学校で3校と転校が多い幼少期を過ごして、最終的には東京の高校を卒業して、そのまま就職。東京に何年いたのかな、たぶん20年ぐらいだと思うんですけど、そのあと、南房総市に移り住んだということになります。

──前職はどのようなお仕事をしていたのですか

元沢 前職は主に食品輸入と卸売をしていました。なかでもカフェ市場向けの商品は長いあいだ関わっています。就職したころが、スターバックスやタリーズが日本に進出して、ググッと勢いが出てきた時期と同じで。責任ある立場を任せていただいたこともあり、短期間で成長していくビジネスに対応していかなければならなかったので、ダイナミックで貴重な経験をさせて頂きました。
海外の商材を選び、規格や価格を設定し、どのようなメニューをご提案することで顧客のニーズにお応えすることができるのかを考えて、食品を輸入するだけではなく、取引き先との関係構築まで、全体的に管理しながら、日本に卸売りするということをやっていました。

──購入から販売まで、営業も含めて経験されたのですね。退職しようと決めたのはなぜでしょう

元沢 端的に言うと、南房総での生活に強くひかれたからです。前職では本当に様々な経験をさせて頂いたのですが、その中でも私が大きく影響されたのが北米西海岸やオーストラリアのライフスタイルでした。自然環境と都市のバランスがとても心地よく感じて、そんな日常に憧れて南房総と東京を往復する生活を始めたのです。南房総は、趣味のサーフィンができて、自然の近くで子どもたちを育てられる、希望に叶った環境でした。週末を過ごすための小屋を用意して、平日は仕事や子どもたちの学校のために東京へ行くという生活を続けていました。

──今の時代、激しい移り変わりで、今までのやりかたがマーケットに通じないことはありますよね。そういうところでひとつの壁ができて、新しい道を選ぶことを決めたわけですね

元沢 本当に大きな決断でしたし、迷いもありました。転職のお誘いもいくつか頂いておりましたが、本当に自分がやりたいものを選ぶのだったら、今しかないという感覚があって。東京の生活をずっとキープするなら、企業に勤めることが正解だったと思います。しかし、ときを逃したら、南房総へ移住することはずっと先になるだろうし、転職できたとしても自分のパフォーマンスを評価していただくまでには相当のエネルギーと時間が必要です。新しい職場で努力するのか、まったく違うところに足を踏み入れてもう一度、1から努力をするのかという違いです。努力の方向性は違うけれど、頑張るということは変わらないと思いました。さいわい、家族の理解は得られていたので、楽しく頑張れることとして、移住を選びました。3年間の往復をすることで、南房総の生活もある程度わかっていたし、こちらで生活する仲間も増えていたので、一気に飛び込んだというよりは、いつの間にか住んでいたという感じもしています。

──移住する場合、入り方は大切ですよね。コミュニティにきちんと入れないと、のちのち住みづらくなるという話を聞いたことがあります

元沢 ありがたいなと思いますが、地域の方々には仲良くしてもらっています。同年代の仲間もどんどん増えています。ジェネレーションに関係なく、様々なことにみんなが関わっているのは田舎の良さだと思います。お父さんとお母さんを紹介してもらって、一緒に遊んだりすることもあるんですよ。コミュニティがあって、遊びも仕事も全員野球みたいなところがある気がしています。

住む場所、食べるもの、手作りを目指す

1.5坪の鶏小屋は2X4と増築の廃材を使用。鶏の習性を考慮した低負荷のデザイン。

──いろいろとDIYで作られているようですね

元沢 このインタビューをして頂いているスペースであれば、屋根やキッチンなどがそうですね。電気は免許がないのでできないですけど、電気屋をやっていた時期があるので知識はあります。裏がちょうど電気屋さんのお宅なので、相談もできて、周りの人と協力すればほとんど家が建つという環境です。この土地を購入した理由も、自分でいろいろ作っていきたいという気持ちがあるからでした。プロに頼めばクオリティが高くなるのですが、自分でやることで、愛着やよろこびが湧くんですよね。それに、プロフェッショナルなものに対してリスペクトの念も出てきます。DIYでやると、先が見えないでやっていくので、ちぐはぐな物になるんですけど、職人さんは何手も先を読んで段取りを決めて進めていきます。なおかつ速く、綺麗に、正確に。職人さんてすごいなと常々思います。

──若い人たちの家を建てるときに手伝うことも多そうですね

元沢 動ける僕のモチベーションがあったり、きっかけがあったときには、すぐに動きたいと思っています。そこから始まるやり取りで僕は知らないことを知れますし。楽しく何かを一緒に作ったり、人手が足りないというときには手を貸し合っています。見返りは考えていないけど、今までの経験上、それによって何か嫌な目にあったことはありませんね。最近聞く「ギフトエコノミー」のようなものかもしれません。

──田舎は物々交換的な場がありますよね。どんどん増えていくといいなと思います

元沢 こちらに居を構えたばかりのころから、「少しですけど」といって近所の農家さんが大量の野菜を置いていってくれることがありました。ありがたい気持ちがある一方で、お返しができず困っていました。今は、うちで育てた鶏の卵がお返しになっていて、すごくよろこんでもらえます。交換することで、聞いたことがない話や、知らないことを教えてもらう機会になることもあるんです。
たとえば、漁師をしている友人が、魚をたまに持ってきてくれて、卵をもらってもらう。ついでに、最近の漁業の状況を教えてもらい、魚や海の環境について話が聞けます。そんなやりとりが、僕の生活と密着していて。すべてがダイレクトで、心地よくて、シンプルです。お金を稼ぐなど、現実のところでまだまだ課題はありますが、お金とは違う部分で満たされて、すごく充実しています。

──子どもの教育では何か意識していますか

元沢 子どもたちとは、ここでしかできないことを一生懸命遊んで、一生懸命何かを作ってみたりして、体験して欲しいなと思っています。たとえば、みんな鶏の卵を食べてると思いますけど、どんな品種の鶏がどんなふうに産んでるのかわからない人のほうが多いですよね。その卵はどこから来ているのか。有精卵と無精卵の違いも見分けることも難しい人がほとんどだと思います。不要な知識なのかもしれないけど、知るとそんなことすら楽しみにして置き換えられます。うちは集落の中でも民家の一番少ないエリアだから鶏を育てられますけど、民家が密集している地域だと鳴き声で迷惑になってしまうこともあります。ここだけの貴重な体験です。

“touch the earth”を再確認する生活

自作の孵卵器でヒヨコが殻から出た瞬間。

──これからの構想としてはどんなことを考えているのですか

元沢 我が家はもともと週末用に購入した小さな家なので、子どもと一緒に小屋を作りたいと考えています。移住するに当たって、増築を自分でしたのですが、子どもが大きくなったときに、子供の小屋を作るためのスキルアップとして取り組んだというところもあります。
自分ができる範囲をどんどん広げていきたいですね。建物だけではなくて、食糧なども含めて自分でできることを増やして、生活することの実感を確認していきたいと思っています。そういうことをしていると、僕よりずっと前からこうしたことにストイックに取り組んでいる先輩が近づいてきてくれて、意見がもらえ、リアルなコミュニケーションが発生します。知識だけではなく、仲間として付きあえる関連性ができあがっていく実感があります。南房総だけではなく、他の地域で近い志をもって生活をしている友達が遊びに来て、泊まってもらって、一緒にメシを作って食べて、交流していくということもあります。
そういうことをしている人たちは自立していて、生きるため、メシのためということに関して、ストイックでハングリーに考えていて、強いです。僕はまだチャレンジの途中ですが、自分のパーソナルなところから発生した自立感を高めていきたいと思っています。

──生きる技術が身に付くと、お金という道具に動かされなくなりそうですね

元沢 お金は絶対に必要なものなので、ないがしろにできませんが、東京での生活はお金が最優先で、やらなくてもいいことにまで時間やエネルギーを取られてしまうことがありました。得られるものがあることもわかりますが、僕がほしいものは”touch the earth”のようなもの、自然とか、コミュニケーション、コミュニティや価値というものを自分で確認していきたいなと思っています。

──まさに今実践していることですね。そういう人が増えると楽しくなりそうです

元沢 はい、そう思います。都会から田舎に引っ込んだから、誰とも関わり合いがなくなったというわけでも全然なくて。むしろ心の通ったコミュニケーションが増えていますし、チャンスもたくさんあります。仕事や地域との関りも、いろいろなことに声をかけて頂いて。コミュニケーションを大切にして、色々なお話を聞かせていただくことができています。

──東京のコミュニティとはまた違う感じがします。中途半端ではなく、どっぷり漬かるというか……

元沢 やっぱり、うん。東京のよさも感じているんですけどね。比べられないですね。違うコミュニティですね。

──南房総での生活は、落ち着くというか、ストレスがフリーになりますね

元沢 ノイズが少ないなと思っています。僕の家から見えるものは基本的に緑の世界。ここで聞こえてくる人工的なノイズは飛行機くらい。雨や鳥の声しかないような環境です。東京に住んでいるときは、世田谷通り沿いのマンションに住んでいたので、車や人の声などノイズがたくさんありました。極端な環境ではありますが……。
東京には音だけではなくて、たくさんのノイズがあって。街には広告があふれていて、日常的に刺激を受け続けています。本当は買う必要がないものを買ったり、飲む必要のないものを購入したりとか。モノに満ち溢れた生活と、モノに満ち溢れていた生活と、モノがない生活である今とでは、全く違う感覚が僕の中で新しく発生しているのだと思います。東京に遊びに行くと、ネガティブなものではないのですが、今までと違うプレッシャーを感じます。南房総に帰ってくると、ホッとする感じがあります。

心の声を聞くことが、突破口になる

元沢 去年の年末にニュージーランドに、3週間ほど1人でサーフトリップに行ってきました。東京にいたころは、出張や旅で自然が豊かなところへ行くと、家へ戻ると「あー帰ってきちゃった。日常が、現実がはじまった」とギャップに大きなショックを受けていました。もう一度あの土地を訪ねたいという憧れがどこかに残っていて。だけど、数日もすると、東京の生活に気持ちも心も戻って、遠い過去のような記憶になってしまう。
今回のニュージーランドの旅は違いました。南房総の家に帰ってきたときに、家の下の田んぼを子どもと一緒に散歩していて、ちょうど夕暮れで穏やかな風が吹いて、こっちもいいなって心から思えて。そのあとに馴染みのポイントでサーフィンをして、波がよくて、仲間もいて、穏やかな空気で。ニュージーランドは素晴らしい国で、もう一度行きたいと思うのですが、こちらのよさも改めて確認できて、価値の尺度が変わっていることを感じました。大きな壁でしたが、移住するという決断を越えて、行動したから得られた実感なのだろうなと思っています。

──元沢さんにとって「波乗り」はどのような意味を持ちますか

元沢 波乗りは、正直まだまだ上手には乗れないですが、感性を養ってくれます。いろいろな環境・境遇があることを受けいれて、エンジョイしていくことで、自分の幅を広げてくれる時間というか。「海に来なければよかった」と思ったことは一度もありません。多様なコンディションがあるのは当たり前なんだという感覚を受け止められる体験ですね。

──10年、20年後、自分や家族を含めたライフスタイルは、どんなイメージでしょう

元沢 子どもの考えが変わっていることは、想像できませんが、僕個人としては、自分と同じ感覚を共有できる仲間たちと、何か一緒にアクションしたいと思っています。南房総に住んでいるからといって、ここだけでの活動で自分を固定する気持ちはなくて。日本各地、海外に住んでいる友達も含めて、プロジェクトのようなものができればいいなと考えています。
10年後、20年後というスパンで、何があるかはわかりません。何かがきっかけでグッと速く進むかもしれないですし、焦って探すこともないのかなと。自分のアンテナが反応したときに、行動できる心構えができていればいいと思います。

──最後に、人生どうしようかなと思い悩んでいる若者に一言メッセージとして伝えたいことを聞かせてください

元沢 やりたいことを見つけられなくて、悩んでいる人がすごく多いと思います。実は、僕もそうでした。みんなからは、楽しくやっているように見られていましたが、本当にやりたいことを聞かれると、いくつかの趣味はあっても、何か一つこれだと言い切れない。
だからこそ、「自分の気持ちを押し曲げてまで、やらなきゃいけないことだけではないぞ」と伝えたいですね。仕事にしても、いろんなチョイスがあります。自分の心の声が聞こえたら、正直に反応してあげてほしいです。気持ちに正直になって、周囲の人に発信すると、反応が返ってきて、今までと違うアクションがそこから始まると思います。
やりたくないことに、惰性で流されるのではなく、やりたい自分の気持ちに耳を傾ける。やりたいことが決まらなくても、自分が違和感を感じていることがわかれば、それを共有することで仲間ができてきます。突破口が見えないような暗闇でも、人とのつながりがトリガーになって、何か始まるはずですから。

──ありがとうございます。素晴らしいお話ありがとうございました。