レジェンドof マクロビ 山田英知郎シェフ

1976年から40年間ナチュラルフードレストラン。
「MOMINOKI HOUSE」 (http://www.mominoki-house.net/
「クリスマスツリーに使われるモミの木のように世界中から愛される店にしたい」
創業時からイメージし続けていたら実現したと語る山田英知郎シェフ登場!!
■健康になる食事マクロビオティックとの出会い
―山田シェフが料理人になった理由はどこにありますか。山田 衣食住を避けることはできませんから、私は食を仕事にしました。祖父と父も料理人だったので、子どもの頃からキッチンが遊び場でした。遊んでいるだけだと怒られるので、魚をおろして手伝ったりする中で調理法は自然と覚えていきました。料理人としての血筋も引いていたと思います。戦争に行った父がとても厳しかったので、早くプロになりたいと思っていました。

―フランス料理から入り、アメリカとイギリスでそれぞれ2年の経験を積んだと聞きました。

山田 洋食の世界に約8年いました。朝から夜まで肉と魚を嫌になるほど食べていたので、今より15キロぐらい太っていました。しかし、肉ばかり食べていたので便秘になり、体が元気をなくしていきました。パワーが出てこないので、まずいなと思いました。自分で作った料理を食べて調子が悪くなっているわけですからね。その頃から「皆さんが食べて健康になる料理を提供するべき」と思うようになり、マクロビオティックの世界を知ることになります。

―マクロビオティックの発祥はどの国なのでしょうか。

山田 マクロビオティックは日本から始まりました。マクロは大きい、ビオは生命、ティックは学問を意味します。それを合体した俗語がマクロビオティックです。約350年前から歴史があって、食養とも言われます。玄米菜食の食事療法で長生きするための方法も教えています。

―どこでマクロビオティックと出会ったのでしょうか。

山田 桜沢如一先生の学校を卒業しました。マクロビオティックという形態を作って、世界に広げたのが桜沢先生でした。先生は74歳で亡くなりました。わざと病気をつくって玄米菜食で治したり、自分の体を実験に使っていたので身体を酷使してしまったのだと思います。

―研究熱心な先生だったのですね。がんと診断された患者さんがマクロビを始めると聞いたことがあります。

山田 「何がなんでも生き残りたいんだ!」と強い思いでマクロビを始める人は助かっています。西洋医学は手術、抗がん剤、放射線治療、この三つしかやりません。メスを入れると人間は弱くなるので、切らない方がいいです。玉川温泉というラドンが強い温泉があります。岩盤浴と温泉で身体を温める。それから玄米をよく噛んで食べることです。

―何かスペシャルメニューはあるのでしょうか。

山田 私は玄米をおすすめしています。これ主食にしてくださいと常に言っています。それと梅干し、味噌があればあらゆる病気が治ります。現代はコンビニやファーストフードが増えています。余計なものを食べすぎて病気になっている人がたくさんいます。

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※玄米ご飯とけんちん汁

■海外アーティストにも愛される料理
―世界中に山田シェフのファンがいると聞きましたが、どのような方に食事を提供しているのでしょうか。

山田 ケータリングでジャネットジャクソンやポールマッカートニーに食事を提供しました。ローリングストーンズにも出したことがあります。

―ミックジャガーに食事を提供したのですね!

山田 キースリチャーズがキッチンに入ってきて、「何つくってんの?味見させろよ」とフレンドリーに話しかけてきたこともありました。長年活躍し続けている人は食が大事とよくわかっています。

―お店にはスティービーワンダーが来店したと伺いました。

山田 たくさんのアーティストが来ています。デビッドボウイも来たことがあります。スティービーワンダーは食後に即席でライブを披露しました。突然だったので一般のお客さんもいる中でしたが、1時間ぐらいワンマンショーをしていきましたよ。

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※ベジミートの唐揚げ

■世界中に愛されるお店にしようと名付けた店名
―お店の名前はどのような経緯で決まったのですか。

山田 もみの木はクリスマスツリーですから、世界中の人に一番愛されている木です。だから、この店も世界中の人、日本全国の人が来てもらえるようなお店にしたいと、スタートに立った時から毎日イメージしながら続けてきました。そして、こんな小さな店ですが実現しました。

―なりたい姿をイメージして描き続けることが大事なのですね。

山田 ビジネスだと数字の目標や理念をを立てろと言われます。それも大事だと思いますが、時代はどんどん変化していきます。「こういうお店にしたい、こういう人間になりたい、こういう生活をしたい」イメージすること以外になにもいらないと思います。

―山田シェフの近くで経験を積みたい若い人も多いでしょうね。

山田 勉強したい、ここで働きたいという若い人がとても増えています。少人数で経営しているので雇えませんが、研修制度や料理教室、インターンシップがあることを伝えています。将来お店を持ちたい人やがんを治したい人、いろいろな人が来ています。

■これからの目標は食べて健康になる日本にすること
―山田シェフから見て、若い人たちに問題意識はありますか。

山田 若者がファーストフードやインスタント食品を当たり前のように食べていることです。腐らない食品には添加物や酸化防止剤がたくさん使われています。私が一方的に意識を変えることは難しいです。しかし、きっかけを与えることはできると考えています。ですから、料理教室やレクチャーでオーガニックの話をしています。

―日本が抱えていると思う課題はありますか。

山田 食糧問題です。10年後には日本の食糧自給率が39.4%になると言われています。しかし、世界的な人口増加で食糧不足となり、輸入は難しくなります。日本の農家は7割が高齢者ですから、若い人に農業をしてもらうしかありません。無農薬・無肥料・除草剤なしの自然栽培をすれば、観光客がどんどん来て日本はものすごく発展します。

―食べて、買って、お金が落ちる。すごい産業になりますね。実際そういう活動もされているのでしょうか。

山田 既に動きが出てきています。MOMINOKI農場を作ろうと視察も行ってます。国がやらなければ民間でやるしかありません。高齢化で引退する人が増えているので、農地は無料でも貸してくれます。

―他にも活動をしているのでしょうか。

山田 渋谷区の中学校から依頼を受けて、職場体験の場を提供しています。中学2年生が来るのですが、教育委員会の方や先生達も来ています。そのときに給食をより良くしようと呼びかけています。みんな変えたいと言いますが、予算の枠が狭くオーガニックを使えないようです。渋谷区の区長と会う機会があるので、給食を変える提案をしようと考えているところです。

―山田シェフが積極的に行動を起こすのはなぜでしょうか。

山田 自分のためではなく、次の世代のために安全な食事ができる国にしたいからです。世界中から日本へ来てくれる外国人が、どこへ旅行しても安全なものを食べられる国にしたいです。日本を他のどこへ行ってもないような国にしたいです。

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※自然栽培の野菜

■インタビューを終えて
山田シェフは「今の若い世代は多様化して答えが定めらない。だからこそ、自然農法を推進してほしい」と繰り返し語っていました。

ナチュラルフードレストラン一筋で40年続けている自然食品のこだわりと日本の発展に対する情熱を感じるインタビューでした。