本格インド家庭料理で日本の食卓を豊かにする香取薫さん

インド料理はどろっとした油と濃い味という先入観があるかもしれません。
本格的なインド家庭料理は健康的で体調へ気配りしています。
伝統的なインドの知恵を日本に伝える香取薫さん、登場!
キッチンスタジオペイズリー

インド古来からの知恵を日本の食卓に届けたい

──今の活動内容について教えてください。

香取 「キッチンスタジオペイズリー」というインド料理教室をやっています。インド料理がつくれるようになるのは当然のこととして、インドの古典医学アーユルヴェーダをベースにしたお料理も教えています。インド料理って油が多くて、味が濃い印象があると思いますが家庭料理は健康にとても気をつかっているんですよ。

──アーユルヴェーダはエステのイメージが広がっていますが、もともとは医学なんですね。

香取 漢方のようなもので、インドのお母さんたちは食べる人の体調にあわせてスパイスをちょちょっと調合して身体の不調を治してしまうんですよ。インド料理って一般的な家庭ではさっぱりした薬膳のようなやさしい食事なんです。そんな身体にいい食事をつくれる人たちを増やしたいと思って料理教室をつづけています。

たとえば、インド料理の豆でつくったおせんべい「パーパル」というものがあるんですけど、食事の前にたべるとアルカリ性がとれて身体が中和されるんです。食事をすると酸性に偏りがちなので、食べ合わせでバランスがちょうどよくなるんですよ。それ以外にも、同じ豆のカレーを暑い日と寒い日ではスパイスのつかい方が変わりますし、雨期になるとまたレシピを変えます。同じ料理でもつくる状況にあわせてスパイスの調合が変わるんです。

香取薫さん
──古来からの知恵が今も生きているんですね。インド料理に魅力を感じたきっかけがあったんでしょうか。

香取 1985年、当時23歳だった私はインドのボランティアキャンプに参加しました。遺跡の調査をしたり植樹をしたりする土木工事のような活動でした。日本人は私だけ。ドイツやニュージーランドなど世界各国から若い人たちが集まったプロジェクトでした。そこで、現地の人がつくったまかないを食べていたんですけど、すごく印象的で「自分でもつくれるようになりたい!」とおもったのがはじまりですね。

母が幼いころから私の料理の才能を見抜いてくれていたので、小さい頃から本物の包丁をもたせてもらえていたんです。中学生のころには餃子は皮も自分で手作りしていました。決して裕福な家庭ではありませんでしたが、私が作りたいという料理の食材は質がよいものをそろえてくれた母には感謝しています。

──私も仕事でインドに行くときは家庭に宿泊させてもらっていて、家庭の料理を食べます。肉がないベジタリアン料理ですが、満足できるんですよね。バターが違う気がします。

香取 インドのベジ料理はお肉がなくても満足できますよね。まず、インドは牛乳が日本と違いますよね。乳製品の本場は砂漠のあたりなんですけど、牛が青々とした草が食べられない地域ですよね。だから、少ないえさからミルクを生成する体質になっていて、おいしくなるようです。そのミルクで作ったバターはとくにおいしんですよ。

──食事のときは右手だけしか使ったらいけないと聞きますが、どうなんでしょう。

香取 インドの家庭で食事するときは左手をつかわないことがマナーですが、日本で食事する場合は気にしなくていいと私は思っています。普段から両手をつかって食事をするわけですし。料理もそうなんですけど、マニアックになりすぎて「これはこうあるべき!」と強制するのは嫌いなんですね。インドのスパイスやパーパルのような前菜にしても、焼き魚と一緒に食卓へ出してもいいと思うんですよ。健康オタクではなく、古くからの知恵を生かせる人を増やしていきたいですね。

香取薫さん

製造過程を知ってほしいからココナッツミルクを作ってもらいます

──インド料理教室をつづけるなかで、社会へのメッセージはありますか。

香取 「どろっとしたカレーだけがインド料理じゃないんだよ」ということですね。家庭の味は健康的であることを知ってほしいです。あとは、カレーに使うスパイスは5~6種類もあれば十分ということです。「スパイス30種類をブレンドしました」とか聞くとすごそうに聞こえるじゃないですか。だけど、現地の家庭料理ってもっとシンプルだし、スパイスの種類がたくさん必要なわけではありません。

──日本でも手に入らない食材が多そうですけど、どうなんでしょうか。

香取 最近はほとんどすべて手に入るようになりましたね。たとえば、生ココナッツも手に入るようになりました。ココナッツミルクはスーパーでも販売されているし、料理教室でもつかいますが、一度は生ココナッツからココナッツミルクをつくる家庭を体験してもらいます。ココナッツを割って、なかにある白い部分をくり抜いて絞るんですけど、なかなか大変なんですよ。食文化を伝えると言ったら大げさかもしれないけれど、既製品が製造される過程を体験してはじめて「これはおいしい」「これはおいしくない」などの区別がつけられるようになると思うんです。

──どんなものから製造されているか体験することはとても大切ですよね。料理教室以外にも活動はされているんですか。

香取 出版や講演などをしてます。今までの著書は13冊になりますが、売れることを狙った執筆ではなくて、インド家庭料理の素晴らしさを伝えたいと思って書いてきました。講演活動は食と健康をテーマにレストランのチェーン店などにスパイス調合のアドバイスを伝えています。

香取薫さん
──それらの活動を通して、つらいなと思うことはありますか。

香取 自分の子供たちに作ってあげる食事に手がかけられなかったことですね。料理を仕事としているだけに、つらかったです。どうしても必要以上に仕事をやってしまう性格なんですよ。とくに40代のころは忙しすぎました。家に帰ると食べ物は作りたくない気持ちになってしまって、包丁が持てないくらいヘロヘロでした。

その結果、外食を繰り返すことも多く、子供たちには申し訳なかったと思っています。
罪滅ぼしのようにお誕生日会とかはがんばりましたけど、それだけでは母親としての後悔が残っています。

──失敗したな、と思う経験はどんなことでしょう。

香取 大きくて致命的な失敗というのはしていないかな、と思います。でも、おっちょこちょいなんですね。料理がバッチリ作れたのにご飯を炊き忘れていたこともあるし、教室が移転したことを生徒さんに伝え忘れていて生徒さんが移転前の教室にいってしまったりしたことはあります。小さいミスはよくしてしまいます。

──これから目指していきたいことはどんなことですか。

香取 インドと日本の文化交流という大きくてキザな言い方もしたいですが、まずは家庭科の教科書に「ターメリック」などのスパイス名が記載されることですかね。今はまだ「カレー粉」としか出ていないんです。

迷う時間がもったいないから、即行動することが私らしさです

香取薫さん

──薫さんの人柄について聞かせてください。ご両親からの影響はありますか。

香取 父は4年前に他界しましたが、人種に対してリベラルな性格でした。テレビでアフリカの飢餓について特集されていると、小学校低学年でまだ貧困についてよくわからない私に「とにかく観なさい」とみせてくれました。はじめて行った海外は父が連れて行ってくれたシンガポールでした。当時はわかりませんでしたが、アジアの植民地というテーマで海外の空気を体験させたかったようです。それが中学校のころで、アジアから世界を経験できたことがよかったなと思っています。思い出はいくつもありますが、いい父で感謝しています。

──グローバル思考なお父様だったんですね。

香取 再婚をしたんですけど、それ以前はインド人の方と結婚していました。結婚するときも父は人種が違うということで婚約に反対することはありませんでしたね。

──薫さんがこだわりがあるなと感じる人はいますか。

香取 そういう人と出会い、結婚しました。彼は脚本家で、つい先日インド映画のイベントをやったんですね。「日本の映画館では「蹴ったらダメ」とかマナーにうるさいけれど、みんなそれは大人だからわかっている。インド映画みたいに楽しいところではみんなで盛り上がろうよ」という趣旨のイベントだったんです。今の日本が抱えている課題はみんなで仲良く、楽しめる空気じゃないかなって思うんです。それが日本が世界で活躍できるカギじゃないかと私は思っているから、こだわりを感じますね。

彼の兄は有名な映画監督をしていて、珍しく兄弟で『青いソラ白い雲』という映画を震災後につくりました。震災をテーマにしていますが「日本人を励ます」というおおげさなものではなく「そのうちどうにかなるだろう」というメッセージの映画になっています。私の料理教室も「失敗してもなんとかなるよ」というスタンスで運営していて、こっちがダメなら、次はこっちをやってみようと脱線しながらやっていますね。

──最後に薫さんがこれからの人生で大切にしたい「こだわり」について教えてください。

香取 楽しく、前向きな気持ちになれることです。私は迷ったらまず行動する性格なんですね。たとえば、目の前にボタンがあったら「押そうかな、どうしようかな」と迷うんじゃなくて押してみちゃう。ボタンを押して天井が落ちてきて死んじゃうかもしれないけれど、それまでの人生でたくさん挑戦できて楽しい人生だったなと思えるはずです。迷っている時間がもったいないし、実行した分だけ成長できるから、迷わずに行動することをポリシーにしています。それが私らしい「こだわり」ですね。

──とてもいい、楽しいお話をありがとうございました。