豆腐ハンバーガー専門フードトラックで希望あふれる未来をつくる!笠井亮吾さん

豆腐ハンバーガーのフードトラック笠井亮吾
「1000年先のこどもたちによい未来をとどけたい」
世界で初めて豆腐ハンバーガー専門フードトラック「HOPEHOPE」を運営。
希望だらけの未来をつくる笠井亮吾さん、登場!
笠井 亮吾 official blog

世界初!豆腐ハンバーガー専門のフードトラック

──まず、今の仕事について教えてください

笠井 豆腐ハンバーガーを専門にしたフードトラック(トラックの移動屋台)「HOPEHOPE」を経営しています。ヨガのインストラクターもしています。

──フードトラックを始めたキッカケは何かあったのでしょうか

笠井 今、一番やりたい!だから、やっています。ビジョンというか、作りたい世界観がありまして、それを実現するためにやっているのが今の活動です。

──世界で初めての豆腐ハンバーガー専門フードトラックですよね。豆腐ハンバーガーを選んだ理由について聞かせてください

笠井 すべて話すとこれだけで20分ぐらい話してしまうので、
ザックリ、⼤枠は「1000年後の未来のこどもたちによい未来を届けたい」という想いです。

4つの軸、「人として何を大切にしたいか」「アプローチしたい、共育したいポイント。環境、経済、情報、(教育、政治)」「どんな父ちゃんになりたいか」「お店自体の創り出したい世界観・食文化」がありまして、それが合わさっているのが豆腐バーガーというか、MIXされてるのが、あのお店全体の世界観です。

──どうして豆腐のハンバーガーを選んだのでしょう?

笠井 もともと、ハンバーガーが大好きで、小さい頃からマクドナルドによく連れて行ってもらいました。

今は、シンプルに食を喜び楽しみ、お⾁もありがたく頂いていますが、ヨガを続ける日常であったり、⾷や環境のことを勉強して、20代半ばにベジタリアンだった時期もありました。
「薬を出さない・注射を打たない小児科医」として知られる真弓先生からの影響や、身体のこと以上に環境問題を心配して、お肉を食べない方がよいのではないかと考えていました。

菜食のみでも、とても美味しかったり、心も身体も喜んだのですが、どうしても、お肉を食べたくなる時もありました。そして、⾷べたい時に、自分でつくり出した制約のなかで、我慢していることに、もやもやすることもありました。
どうしようかなと思っているときに地元の京都に豆乳ラーメン専門店をやられている方がいると知り、気になったので食べに行きました。もともと、ラーメンも大好きで。

「これはすごいな」と強烈に印象に残りました。「うまいし、おもろいし、メッセージもかっこええし、ビジネス的にもおもしろい」と思いまして。衝 撃を受けました。

そして移動中にボーッとしていたら、「豆腐ハンバーグってあるな」と。「お肉を使っていなくて、限りなくうまいハンバーグがはさまっているバーガーがあるなら、それ、毎日食べたいやん」と思い、作りました。当初は豆腐ハンバーグを作るところから始めました。

「お店を始める」という一番のチャレンジ

──失敗談はありますか

笠井 沢山あります。気合いを入れて、沢山仕込んだのに全然売れなかったこともありますし、逆に持っていたバーガーの数より想像以上にお店に足を運んで下さって、早々に売り切れてしまったこともありました。オファーを頂いた遠方への出店の時には、途中で車がオーバーヒートして、レッカー車で運ばれる等、挙げだしたら数えきれないです。

──豆腐ハンバーガー専門のフードトラック事業にしようとした出来事があったのでしょうか

笠井 「どんな父ちゃんになりたいか」と考えたとき、チャレンジし続けた生き様だけは残したいと思いました。そして、お店を始めることが当時の自分のやりたいことのなかで、⼀番のチャレンジでした。なんでも誰かとやるのが好きなタイプでして、店の構想は前からあったのですが、「この人と一緒にやりたい」という仲間は、まだいませんでした。

そんななか、この友となら、チャレンジしたいというか、⼀緒に店やりたい、じいちゃんになっても共に⽣きたいと思えた⼈と出会います。というか、出会っていました。

その友⼈とは沖縄で畑を耕している時期に出会い、Barにて意気投合。沖縄を出たのち、東京でもよく飲むようになりました。
そんなとある日、友達の家で二人で呑んでいると
「りょうご、おもしろい本みつけたで」と紹介された本が、本田健さんの『20代にしておきたい17のこと』でした。

それ全部いうてみてやって言うて、友達が列挙していくなかで「これは経験したことがない」ということがありました。
「それさ、経験したことある?」と友に聞いてみると、彼も経験したことがありませんでした。
それが何かというと「20代のうちに⼤失敗をしておきなさい」ということでした。生まれてから、数々の失敗とかもありました。
けど、⼤失敗と⾔うほどの⼤失敗ってしたことあるか??と自問したところ、ないなあと、はじめて気づきました。

その時にふと、彼となら、やりたいやん!と、その瞬間に思いました。
「こんなこと考えてんねんけどさ、今お前とやりたいと思ってんけど、⼀緒にやる?」と聞いたら、彼は「やる!」と即答でした。
めっちゃ嬉しい気持ちと同時に「共同経営はするな」とよく聞きますし、仲が悪くなる可能性もあるくらい命がけのことなので、本気でやるのか確認しました。
それでも「やりたい」と伝えて頂けて、一緒に事業をやると決めて、乾杯しました。
今は彼はやめており、一緒には出来ていないですが、今でも、その時の乾杯は忘れません。

──「HOPEHOPE」という名前の由来は?

笠井 こどもみたいなことを⾔いますけど、希望だらけの世界をつくりたい。そして、⾃分自身いくつになっても、永遠のチャレンジャーでありたい。

HOPEには「期待の新⼈」という意味も込めて、期待のホープという言葉の使われ方もするように。このお店を通して、出会う⼈との縁を⼤切にしているので、出会った⼈とお店の希望と希望のかけ算で、そんな世界を一緒につくれたら最高と想い「HOPEHOPE(ほぷほぷ)」という名前に決めました。

レールの上から、自由な生き方へ

──ここからは笠井さんの人柄や価値観について聞かせてください。苦しいときに頼りにすることはありますか

笠井 苦しい時は、尊敬しているウルフルズの「ええねん」という曲を聴きます。苦しくない時も聴きますが、人生のテーマソングってぐらい大好きな曲のひとつです。人間なので一時的に苦しくなる時は、ありますが、結局のところ、自分をめっちゃ信じてます。

──うれしいときはどんなとき?

笠井 美味しいものを食べた時。友と夢を語りながらの乾杯。逢いたい人に逢えた時。ヤバイ!スゲエ!ってものと出逢えた時。御近所さんとの挨拶。大切な人が笑ってる時。シンプルです。出来るだけ瞬間、瞬間、なにが自分は「ときめくか」を基準に選択しています。

──ご両親はどんな人でしょう

笠井 父は真面目で、酒とゴルフが大好きな人です。車のナンバーを僕と妹の誕生日にしています。昔は反抗することもありましたが、今は尊敬する父です。母は共働きで忙しいなか、いつも食事を用意してくれていました。その飯がとてもおいしく大好きです。

──今まで「これはすごい」と思う経験はありますか

笠井 小学生の頃「つーちゃん」という女の子に恋をしていました。誕生日も一緒で、めっちゃかわいくて、運命の⼈ちゃうかと勘違いしている時もありました。

当時、得意だった水泳も、その子にだけ勝てなかったのですが、最近なにをしてるのか友人と話していると「トライアスロンのアジア大会で銀メダル取ってたで」と言われて驚きました。「ほんまにあの子はそのまま行ったんやなぁ」とほっこりうれしくなりました。

僕の⼈⽣の転機のひとつ、プールで友⼈から⾔われて気付いたのですが、肌の⼀部が⽩く抜けていました。⺟に⽪膚科へ連れて⾏ってもらい診療して頂くと「マイケル・ジャクソンと同じ病気だよ」とのことで、いまだ原因は不明とのことです。余談ですが、この症状も改善して、同じ症状で悩んでいる方々と分かち合い希望となれたら幸いです。
話を戻して、その頃から⾃分の⾒た⽬を意識し始めました。⾒た⽬を気にして内向きになっていくなかで、特に女の子と話すのが苦手になっていきました。思春期も影響しているかもしれません。当時は⾃分がポジティブすぎて気付いていませんでしたが塾ではいじめのような扱いを受けたこともあり、⾃信を失っていきました。

──それはつらい経験でしたね……。小学生のころは「みんなと違う」というだけでいじめに発展しやすいですね

笠井 好きだった水泳も見た目を気にしてやめてしまいました。純粋に「野球をやってみたい」と思い、高校から野球を始めました。今思えば「肌がユニフォームで隠せるから」ということもあったかもしれません。

──思春期は見た目が気になる時期ですよね。今は、ストレスの解消はどうしていますか

笠井 ヨガですね。会いたい人と会話をすることもそうです。会話もエネルギー交換だと思うので。人間なので、イラッとすることもありますが、普段からストレスは少ない⽅だと思います。

──「他の人がやっていないだろうな」と思う習慣があれば、教えてください

笠井 寝る前と起きてから、ご先祖様や、家族が健康でいてくれることに感謝しています。幸せが身体の全体に伝わることを感じてから起床するなど、習慣はたくさんあります。

──今まで「このサービスはすごいな」と感じたものはありますか

笠井 沢山あります。最近ですと、新宿にある「絶好調てっぺん」という居酒屋さんにすごいなと感じました。⾒送り⽅が印象的でした。店舗がビルの9階にあって、エレベーターの前で⾒送りをして頂きました。エレベーターが1階についてドアが開くと、店員さんが待っていたんです。階段で駆け降りたのだと思いますが、丁寧さに感動しました。

──笠井さんの話は「レールに乗る」という印象を受けないのですが、どうして今のような生き方を選んだのでしょう

笠井 もともとはレールに乗せて頂いていた人生でした。教育熱心な両親だったので学習塾に通わせてもらっていましたし、大学もきちんとしたところで学ばせて頂きました。大学に入学した当初の頃は公務員か税理⼠になろうと思っていました。

──今とは違う進路を考えていたのですね!何か方向性を変える出会いがあったのでしょうか

笠井 高橋歩さんという方が書いた本を読んで「こんな生き方もあるんだな」と影響を受けました。大学生の頃からお店をやろうという思いはあったのですが、おもしろそうだったので就職活動。有難く、新卒では、飲⾷系Webサービスを提供している⼤⼿企業に⼊りました。

──新卒入社の会社で、一番の学びだったことは何でしょうか?

笠井 沢山の学びがありますが、その中のひとつ。仕事をするときに、お付き合いが始まった人と深く丁寧に仕事をしたいということが気づきでした。大切にしたいことに気づかせてもらいましたし、一緒に仕事させて頂いたことに感謝しています。

──最後に、フードトラックの仕事を通して社会にどんなメッセージがありますか

笠井 大切な人を大切に。大切な人の大切な人も大切に。
1番やりたい、夢は、世界一幸せな家族をつくること。それがつくりたい世界、ビジョンへと繋がっていくと信じています。

そして、フードトラックの仕事仲間や関わる方も幸せである。そんな中で、何か一緒に関わりたいなあとか、一緒に遊びたいなあとか、共にビジョンを実現したいと感じて頂けたら嬉しいです。

長くなりましたが、フードトラックでは、美味しい食事で、シンプルにその瞬間の幸せも提供出来たら、幸いです。

──とてもユニークな経験が伺えました!大変ありがとうございました